月下星群 〜孤高の昴

    “しっかと軒昂”

  


そこは、ほんの何刻か前までは、
この小島で好き勝手な無法を行い、
非力な人々から強引に搾取するという専横を為し、
怖いものなしと高笑いしつつ、
町を跋扈していた海賊の塒
(アジト)だった屋敷。

  だが今は

頑丈だったろう石壁も大きく穴を穿たれ、
天井ごと大きく裂かれるように崩れ落ちたところでは、
外からの陽が皓々と差し入り、
すぐ外で屋敷を囲む天然の垣根となっていた、
南国の強靭な樹木の揺らがぬ姿が影絵になって覗く。
陽を遮ってとそれから、中での好き勝手を覗かれぬように、
窓には板が打ち付けられていたのだろう、
埃とそれから、鋼の縁つきの怪しい木箱や麻袋が詰まれた部屋では。
でっぷり太って脂ぎった中年男が、
乏しくなった髪、頂点だけなのをくりんと立てていたものを、
今はしょぼりと萎えさせて。
クワガタの角を思わす特製のスリングショットを構えたウソップと、
ステッキ型の仕込み刀をすちゃりと仕舞ったばかりのブルックに挟まれて、
何年振りかのダイエットよろしく、身を縮めて真っ青になっているところ。
そうかと思えば、いきなり目が眩むよな明るさの満ちた中庭では、
どういう仕組みでずり落ちないのかが不思議な、
露出の多いボンテージスタイルのナイスバディレディが、
それが得物だったらしい ピアノ線を仕込んだ鞭で、
自慢の3Dボディをボンレスハムのよに ぐるぐると縛り上げられており。

 「…ったくよっ

どこで気がついたものなやら、
あれはきっと かなりがところ嬲られた後だと
皆からのちのちからかわれたサンジが。
その理由となる青アザやら赤い線状の傷を覗かすほど
ズタズタにされたジャケットを、ほいと天高く放り投げ、
こちらもちょいと乱れた金髪を手櫛でザッと掻き上げてから、
吐息交じりに紙巻きを取り出し、肉薄な口元へと咥えたところ。

 「いやぁん、やっぱりアナタすてきよぉんvv」
 「やかましいわっ! こんのオカマ野郎がよっっ

爆竹仕込んだ鞭なんてややこしいもんで人を散々……っっ
あああ、思い出しただけでも腹が煮え繰り返るじゃあござんせんかと、
せっかくの端正なお顔を歪めているところ、
頭上を飛び交ったカモメの陰がさっと横切ってゆく。

 『海賊なんて どいつもこいつも一緒だっ!』
 『卑怯で残酷で、人の宝を力で取り上げて…っ。』
 『お前らだって同じなんだろう? こっから出てけよっ!』

屈託のない笑顔や、伸びやかでおおらかな大声や、
子供でも気をつけるような失敗もする懲りない性分から、
天真爛漫な少年として受け入れられる船長なのに。
その肩書が知れると、あっと言う間に人々から恐れられ、
あるいは疫病神よと嫌われて、背中を向けられる。
とはいえ、それは謂れのないことじゃあない。
海賊には望んでなったのだからと、
屁でもないさと笑って躱す彼であり。

 「でもサ、ルフィはそんなじゃないんだ。」

ほんのちょっとさっきまで、
樽のような大男とのカンフー対決をこなしてたとは思えない、
小さな頭身の、縫いぐるみみたいなトナカイドクターが、
蹄の先でお鼻を擦りつつ口惜しそうに呟く。
すぐ向背に広がってた海へと、裂けるように切り立って落ちるカッコの断崖の縁。
ところどころに針のついたグローブでの正拳交える卑怯な拳法でかかられて、
一旦は追い詰められた彼だったけど。
あんなチンケな船長の手下じゃあ高が知れてると言われたのが引き金となり、
ばっかやろーっとの気合いとともに、
天高く星になったほどの威力の一撃食らわせ、吹っ飛ばしたばかり。

 「あんな卑怯な海賊と一緒にされんのはサ、
  さすがに腹立つよな、ルフィ。」

俺ってまだまだ修行が足りないのかなぁと。
小首を傾げてのそれから、

 「……あ、いけねっ。」

町で唯一のお医者さん、
痛み止めの薬を、麻薬でもあるからと根こそぎ持ってかれたって。
他にもこの島特産のよく利く薬草を奪われたって。
それを取り返しに来たんだと、
我に返ったその途端、屋敷の一角へ雷が落ちたものだから、

 「やばいやばい、ナミってば手加減しないもの。」

廃屋になる前にと、屋敷へ慌てて駆け戻る。
そんな彼をば見送った、足元の芝の隙間に生えてたムラサキカタバミ。
ハートの形の緑の葉っぱがゆらんと揺れて、その影を受けた漆喰の壁が、
だがだが、ドカンと内から弾けると、
派手な柄のシャツをだらしなく着た野卑な風体の男どもが、
だが、揃って自分で自分の首元絞め上げての、よたたと後じさりしておいで。

 「な…なんだ、こりゃっ。」
 「どっから出て来た…っ。」

不気味な現象、だが悪夢なんかじゃあなくて。
あごの下から伸びた手が、容赦なく上へと掌打を発揮しては、
数人がまとめて
グガッと鈍い悲鳴を上げながら、その場へくたくた倒れ伏す恐ろしさ。
そんな彼らを追い詰めていたのは、
黒髪に妖艶なプロポーションの、そりゃあ麗しい賢美人。

 「酒場のピアノを壊した罪は重いわよ?」

せっかくブルックとルフィが気持ちよく歌っていたところだったのにと、
そりゃあもうもう、蕩けるような笑顔で言い放ったお姉様。
日頃はともかく戦闘中の笑顔は、そのままどれほどのお怒りかの象徴と、
こんな端(はした)の海賊共では、まま知る由もなかったことだろが。
ふっくらと豊かなお胸の前で、
優雅に交差されていた腕、そおと降ろしたそのまんま、
ああ今日もいいお天気ねぇと、にっこり笑ったロビンの髪を、
さわっと撫でてった潮風が至った先では、

 「ラジカル・シューティング・スターッッ!」

新兵器か、いやいやあれは冗談半分の掛け声だと、
彼の必殺技への造詣の深い
ルフィやウソップ、チョッパーが此処にいたならそうと評価しただろう、
いつものビームをビビビンと放ったフランキーが。
だがだが、そこが器用というか周到なところで。
グアアっ、ガァッと汚らしいダミ声を上げて倒れ伏す、
海賊くずれの盗賊やチンピラどもを次々に薙ぎ倒したその後へ、
キャタピラの足回りに取り付けたスコップ使い、
ばっさばっさと土を盛り掛け、踏みつけてと、深々埋めてく容赦の無さよ。

 「後で村の連中が海軍へ連絡入れるだろうからな。
  それまで大人しくそこで咲いてやがれ。」

がはははは…と、雄叫び上げて去ってく、
無茶馬力のマシンマンを見送りながら、

 「…俺ら 草じゃねっての。」

しょんぼりうなだれた名もなき花なぞ、
誰が振り返っただろう。………ねぇ?





数年ほど前にいきなり現れた海賊に、
そりゃあ好き放題をされた島。
それより前は、外から来る船も滅多になくて、
田舎ではあったが、それは穏やかな暮らしよう、
笑ったり困ったり怒ったり、何でも皆で一緒だと、
穏やかに朗らかに日々を送ってたのにね。

 『そか。何年か前からか。』

それこそ情報も遅かったので、この島の人々は知る由もなかったが、
そのころといえば世界はちょっとした胎動に揺れており。
いい意味で悪い意味で、世界を統制したい者と こそりと牛耳りたい者、
揉め事はごめんだと、腰を上げた者と傍観してた者、
そりゃあもうもう、様々な思いや企みや、
一部 忌々しいほくそ笑みが交錯した末のこと、
それが高まった末の大きな衝動、一大決戦が勃発し。
実はそれまでの安定を支えていた白髭が倒れたことで、
世界も調和を崩しての荒れに荒れた頃合いだ。

 「てめぇみてぇなガキどもが、何を喚こうが叶うはずがねぇっ!」

頭目の懐刀、顔を包帯でぐるぐる巻きにした、やたら背丈の高いスーツの男が、
自分の背丈以上の長い長い槍をぶんと振れば、
彼らを取り巻く部屋の壁がさくっと裂かれてのぱんと弾ける。
向かい合う隻眼の剣士の体を突き抜けねば、
その向こうの壁まで裂くのは無理なはずだが、
それにしては、

 「…ほほぉ?」

和風の着流しに筒袴のようなズボンを合わせ、
腰には三本もの和刀を差した、判じ物のようないで立ちの男。
だがだが、知る者には有名な存在でもあって。
片側の耳にだけ下げた3本のピアスがキラチカと揺れ、
少し伸びたか、浅い色合いの緑の髪がさわりと揺れ。
確かに何かが通ったはずだのに、泰然と立ちはだかったその姿勢は揺らぎもしない。
周囲の壁が弾けたことで、すっかりと明るくなった広間の真ん中、
腰の刀の柄へと手を置くだけで、抜き放とうともしないまま。
不敵に笑うだけの青年なのへ、

 「…き、きさまぁっ!」

人をコケにする気かぁっと、堂に入ったがなり方をしたものの、
その声が消えるより前、
再び振るおうとした槍が、切っ先から順番に、
そういう継ぎ目があったかのように、ぱらぱらぽろぽろ。
10センチ刻みで分解されてゆき、
手元の先で最後の一片が地へ落ちる。

 「俺りゃあ コケの栽培なんて知らねぇぞ。」

へへっと笑った凶悪そうな面差しへ、ぐぬぬうと唸った包帯剣士は、だが、
そのまま、かはっと気を吐くと、
顔から首へ、晒し布を赤く染めつつ倒れ伏す。
槍を受けてのぐりんと吊り上げ、頭上へ振り上げて躱したついで、
相手の身へも一撃を食らわしてあったゾロだったらしく。
相手が言った“コケ”というのが
苔じゃなく虚仮だとも知らない、相変わらずの無粋さはともかく。
目にも留まらぬ相手からの一閃を、
その上を行く太刀さばきで そうまであしらえた切れのある剣撃を、
あっさり繰り出した戦闘隊長が、つと顔を上げて見やった先では、

 「…………なぁんだ、詰まんねぇの。」

大将だからと最後尾で反っくり返ってるなんて、
一体 何が面白いものかと言わんばかり。
どんな騒ぎ、もとえ戦いでも、先陣切って飛び出してく困った船長。
今回も、彼らがデンと居座ってる島への侵入者扱い、
そっちの首領はどこだと駆け出したこっち陣営を 真っ向から叩こうと、
向こうからもドッと押し寄せた激流のようだった大群へ、
迷いなくの一直線で飛び込むと。
殴り掛かって来た相手を殴り返して流れに乗り、
適当な輩の頭へ手を掛け、勢い余って空へ飛び出すほど飛び上がり、
何ならその台座にした頭を蹴る…という鮮やかさ。
まずは高みという空いた空間へ身をおいての、
そのまま一点突破をはかってののち、
今回は最後までついてけたゾロに用心棒を任せ、
いよいよと飛び込んだのが首領の部屋のはずだったけれど。
確かに、一味の後ろでデンと構えて威張りくさってた
樽腹の親父がいたはずなのに。
講堂ほどには広くもない部屋の、どこにもその姿は見えなくて。

  たいがいの敵は、これへ翻弄されての やられていたらしかったれど

すっと目を閉じ、小さく深呼吸。
それから……ひゅんっと宙を裂くよに延ばした右手。
人の頭ほどある真ん丸な陶器の花瓶の陰に、
小さくなってた頭目が張り付いてたの、あっさりと見つけたルフィであり。

 「見聞色の覇気を使うまでもなかったけどな。」

前は沈黙が苦手で、その延長でこっちもちょっと苦手だった気配を嗅ぐ術、
これからは大事になるぞとレイリーから言われたんで、
まずはと身につけた基本中の基本だもの。
それで感づく程度の隠れようをしていた相手も相手、

 「こ〜んな小さくなれる悪魔の実もあるんだな。」

もっと頭がよければ、それなりの戦いようもあんだろにと、

 『ルフィから言われてりゃあ世話はないわよねぇ。』

彼らが隠匿していたお宝の中から、島の財産以外のあれやこれや、
とっとと頂きの、船へと運ばせていたちゃっかり娘が、
さも可笑しいとカラカラと笑ったその通り。
こんな隠れんぼで逃げ出しての、相手があたふたしている隙をつき、
部屋へ閉じ込めたり、得体の知れない者になり済まして脅していたらしい、
何とも底の浅い能力者だったのを、
指先で摘まむと、ぽーいっと
窓辺にあったフラスコ型のガラス瓶へとほうり込み。

 「あ、なあなあゾロ。」

足止めしていた副長をとっちめてやって来た、こっちの副長へにひゃりと笑う。

 「俺だけ暴れ足りてねぇから、今から相手しろ。」
 「何を馬鹿なこと言ってるかな、お前はよっ

今から思えば、雑魚は俺らに任せとけよなと呆れた中、
先頭切って突っ込んで、
何十人もの手下を、船長直々 蹴倒してってくれたのだが。
それさえ足しになっとらん、こたびの一暴れだったらしくて。

 「なあなあ、俺、右手しか使わねっからよ。」
 「そんなハンデつければ乗ると思うか、馬鹿たれが

ぎゃあぎゃあと、
喧嘩し足りないというお馬鹿な理由での口喧嘩を始めたお仲間同士。
何てまあお気楽なことでしょねと、
呆れたように かぁああと鳴いた海鳥が一羽、
沖合い目指して飛び立った、
鳥らの目からは何とも長閑な、昼下がりのひとコマでありました。





   〜Fine〜  2013.07.14.


  *関西地方では来週放映のアニワン603話。
   パンクハザードの研究所にて、
   ゾロがウソップから、ルフィもガス野郎には一度やられたと告げられ、
   修行した2年じゃ足りないのかと愕然としてのそれから、
   騒然としている中、敵には目もくれずルフィを探すと、
   しっかりしろよと檄を飛ばすシーンにじんと来ました。

   トラ男から
   “俺たちはこのまま引き下がれん”とかどうとか言われたのとは、
   全くもって中身も重みも違った一言で、
   それへ“ああ”とにっぱし笑ったルフィも良かったぁvv
   さすがです、ナイスです、こうでなくちゃですvv
   (その後の
    ルフィのゴムゴムのUFOへの“真面目にやれ!”にも噴いたけど。)

   本編からの萌えをそのまま描くには
   まだまだ把握が追いついてませんので、
   どこだかの小島のお話とさせていただきましたが。
   いまだに萌えをくれる、何て底の見えない作品なんだ、ワンピース!

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

ご感想などはこちらへvv**

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